研究内容Research

   電気を流す、磁石にくっつく、透明になるといった物質の持つ性質(物性)のほとんどは、電子のエネルギー状態「エネルギーバンド」によって決まります。固体から電子を抜き出してエネルギーバンドを精度良く調べることで、物性の発現メカニズムを明らかにすることができます。今から100年以上前、アインシュタインは光量子仮説を提案し、物質に光を入れる電子が放出される「外部光電効果」を理論的に説明しました。私たちは、この外部光電効果を利用した「角度分解光電子分光(ARPES)」と呼ばれるエネルギーバンドを直接観測できる唯一の実験手法を用いて、トポロジカル絶縁体、原子層物質、高温超伝導体などの量子物質における電子構造と物性メカニズム解明の研究を行っています。これらの研究を進めるために、本研究室では
  1) 分子線エピタキシー(MBE)法を用いた高品質薄膜作製
  2) 超高分解能ARPES装置の開発
  3) スピンおよび空間分解ARPESを駆使した電子状態解明
  4) 第一原理計算による物性機能予測とバンド構造理解
を高度に融合した研究を推進しています。

図1 研究の流れ

図2 超高分解能光電子分光装置

図3 ARPESで決定したトポロジカル絶縁体のエネルギーバンド


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高温超伝導体High-Tc superconductors

   電気抵抗がゼロになる超伝導は、ミクロな世界を記述する量子力学の効果がマクロに現れた興味深い性質です。この現象は、1911年のHgにおける発見以来、長年に亘って絶対零度付近でのみ生じる極低温の物理でした。しかし、液体窒素温度を超える高温で超伝導を示す銅酸化物超伝導体の発見(1986年)や、それに迫る高い超伝導転移温度を持つ鉄系超伝導体の発見(2008年)などのブレークスルーに加え、最近では超高圧下において室温付近での超伝導も報告されています。これらのように例外的に高い温度で起こる超伝導のメカニズムの解明は、固体物理学における重要な研究テーマの一つとなっています。超伝導の基本原理であるBCS(Bardeen-Cooper-Schrieffer)理論に従うと、物質中の電子2個がクーパー対を組み、そのクーパー対同士の位相がマクロに揃うことで超伝導状態が実現します。高温超伝導体とそれ以外の超伝導体ではクーパー対を組む際に電子間に働く相互作用が異なると考えられており、この相互作用を決定することが高温超伝導のメカニズムの解明につながります。
   私たちは、独自に開発したARPES装置の高い分解能を活かすことで、クーパー対の形成に必要なエネルギーと対応する「超伝導ギャップ」を直接観測し、高温超伝導体メカニズムの解明を進めています。例えば、鉄系超伝導体では電子の軌道によって超伝導ギャップの大きさが異なることを初めて明らかにし、理論モデルとの比較を通して、磁気的な相互作用がクーパー対の形成と密接に関係していることを提案しました(図4)。高温超伝導体では、磁気秩序相に加えて「擬ギャップ」相や「電子ネマティック液晶」相などの多様な秩序状態の存在が明らかになってきており、これらの起源や高温超伝導との関係についても電子状態の立場から研究を進めています。最近では、鉄系超伝導体を原子数個分まで薄くした「原子層超薄膜」にすることで超伝導になる温度が一桁上昇することが発見され、大きな注目を集めています。私たちは、厚さやキャリア量、基板との整合性を制御した原子層超薄膜を自ら作製し、高温超伝導のメカニズムの解明や更に高い温度での超伝導探索を推進しています(図5)。また、「カゴメ格子」や「三角格子」など、結晶の対称性に由来する特異な電子構造、トポロジー、およびフラストレーションがもたらす非従来型超伝導の可能性に着目し、その基盤となる電子状態の解明にも取り組んでいます。

図4 鉄系超伝導体の超伝導ギャップ構造

図5 原子層鉄系高温超伝導体の模式図

トポロジカル絶縁体Topological Insulators

   固体には、金属、絶縁体、超伝導体といった状態が存在することは良く知られています。しかしトポロジカル絶縁体は、バルクは絶縁体であるのに対して表面では金属状態を持つ奇妙な物質であり, 従来の物質のどの状態とも異なります。トポロジカル絶縁体の表面ではディラック電子と呼ばれる相対性理論に基づいた運動方程式に従う電子が存在します。トポロジカル絶縁体におけるディラック電子は散逸のないスピンの流れを生み出すことから、次世代スピントロニクスへの応用へも期待されており、新しいトポロジカル絶縁体の実証が、その先にある新奇量子現象の発現やデバイス応用に向けて重要と考えられています。
   私たちは、ARPESが表面敏感である特徴を生かして、「ディラックコーン」と呼ばれるディラック電子の持つエネルギーバンド(図6)を直接観測することで、新しいトポロジカル絶縁体の実証を進めています。さらに一歩進んで、通常は絶縁体にのみ適用されるトポロジーの概念を金属や磁性体にも拡張した「トポロジカル半金属」「磁性トポロジカル絶縁体」などの実証と電子状態解明の研究も行っています。 「ディラック電子」に代表されるトポロジカル物質中の電子は、素粒子分野で真空中で存在する粒子として提案されたものですが、最近では、このような新しい「準粒子」が固体中で存在できることが提案され、大きな話題となっています。例えば、マヨラナ粒子と呼ばれる粒子と反粒子が同一とみなせる粒子は、トポロジカル絶縁体の親戚であるトポロジカル超伝導体でその存在が予言され、次世代のエラーフリー量子コンピュータにも使えることから、世界中でその存在を確かめるための研究が進展しています。私たちは、「カイラル粒子」「マヨラナ粒子」などいった新しい種類の準粒子にも着目し、ARPESによってその存在を実証するための研究も推進しています。

図6 3次元トポロジカル絶縁体表面におけるスピン流とディラックコーンバンド

原子層物質Atomic-layer materials

   蜂の巣格子上に並んだ炭素原子で構成された、原子一個程度の厚さしか持たない2次元シートグラフェン中の電子は、ニュートリノの一種である静止質量を持たないディラック粒子と同様の振る舞いを示すことが2005年に発見されました。この驚くべき発見を契機として、様々な層状物質を単層の2次元シート化 (原子層物質)することで、物質固有の対称性や相互作用の変化に起因した新規量子現象が見出されるようになり、世界的に研究が行われるようになりました。
    私たちは、その量子現象の起源解明を目指して、ARPESが得意とする電子状態の直接観測と、薄膜合成技術の一種である分子線エピタキシー法を高度に融合した研究を進めています。とりわけ、グラフェン単独では実現しえない新たな量子現象に興味を持って研究を進めています。例えば、これまで世界的に作製例のないサンドウィッチグラフェンを作製したところ(図7)、2次元超伝導を発現していることを私たちの研究グループが世界に先駆けて明らかにしました。最近では、層状物質同士をわずかに捻って重ねることで現れるモアレ模様(すだれなどの縞模様同士を重ねることでみられる干渉模様)(図7)の影響を電子が感じると、その電子が強い電子相関の影響で、超伝導や磁性、さらには量子ホール効果など強相関電子系特有の現象を発現することが徐々に明らかになってきており、その電子状態の解明にも取り組んでいます。
   さらには、東北大学の敷地内に建設された次世代放射光施設ナノテラスにおいて、放射光の光を極限まで小さくしたナノ集光ビームを用いることで、原子層で現れる2次元トポロジカル絶縁体の端(エッジ)で出現するヘリカルエッジ状態の直接観測や、外場(電場など)印加による相転移に伴うエッジチャンネル制御の実証にも取り組んでいます。

図7 サンドウィッチグラフェンとグラフェン同士をわずかに回転(ひねる)させ重ねることで現れるモアレ模様

新機能薄膜創製New functional films

   物質を極限まで薄くして薄膜化することで、元の物質にはない新しい物性が現れることがあります。例えば、鉛筆の芯で使われるグラファイトは、負のバンドギャップを持つ半金属ですが、1層(グラフェン)にするとゼロギャップの半金属になり、透明でも電気を流す、熱伝導性や移動度が極めて高いなどの著しい特性(機能性)を示します。電気を流さない絶縁体同士を合わせることで、その接合界面で超伝導が発現することもあります。私たちは、分子線エピタキシー(MBE)法という超高真空下で高品質の薄膜を作製する手法を用いて、半導体や金属基板上に、数原子層程度の厚さしかない原子層薄膜や、異なる原子層薄膜同士を重ね合わせたヘテロ薄膜の作製を行っています。さらにARPESを用いた電子状態の決定や、自ら行った第一原理バンド計算との比較を通して、結晶相の同定や新しい機能性の探索および起源解明を行っています。以下の研究テーマを主軸として、先端計測と新機能薄膜創成を融合した研究を推進しています。
1) 超伝導体/トポロジカル絶縁体ヘテロ構造における新規なトポロジカル超伝導の探索(図8)
2) バルクを凌駕する転移温度を持つ新規高温超伝導体の創成
3) 巨大バンドギャップを持つ2次元トポロジカル絶縁体の探索
4) 純2次元強相関モット絶縁体の創製(図9)
5) モアレ構造を利用した新奇原子層結晶の創製
6) 次元性やキャリア密度による電荷密度波や超伝導の制御
7) 室温でも安定なファンデルワールス強磁性体の創製

図8 原子層薄膜(Pb)とトポロジカル絶縁体のヘテロ接合で実現する、超伝導近接効果を必要としないトポロジカル超伝導の新しいプラットフォーム

図9 原子層モット絶縁体1T-TaSe2の作製. 特殊な周期をもつ電荷密度波と室温でも安定なモットハバードギャップが観測されます.

装置開発Development of start-of-the-art ARPES

自ら装置をつくる
   超伝導や電荷秩序といったような物性のメカニズムに直接関わる電子構造を、「世界中の誰にもできないような高い精度で観測する」ということを、当研究室は重要なテーマとしています。物性のエネルギースケールはその発現温度に対応するので、光電子の観測には数K〜室温程度、すなわち数 meV程度かそれ以下の精度が求められます。測定精度の尺度を「分解能」と呼びます。これまでに私たちは、世界最高のエネルギー分解能をもつ高分解能ARPES装置を、時代の研究のニーズに合わせて次々と建設してきました。装置の開発を自ら行う理由はシンプルです。商用の装置は誰でも手にすることができるので、世界の先に行くには装置自身にも先進性とオリジナリティが求められます。現在、研究室では4台の装置が稼働しており、さらに、つくば市の高エネルギー加速器研究機構に共用装置が1台あり、また、今年から東北学内で運用の始まった次世代放射光施設ナノテラスにおいても新型装置を1台建設しています(図10)。

スピンを見る
   スピンは、磁石の最小単位とみなせると同時に、古典的な対応のない最も量子力学的な物理量です。これが磁性は代表的な量子力学現象の一つとされている所以です。21世紀に入り、電子のもつスピンが、運動量や熱、力学的角運動量などの様々な物理量と結合することが分かってきました。その物理の理解が進むと並行して、電子のスピンを磁気ではなく電気的な手段で制御するスピントロニクス分野が大きく進展してきました。さらにスピン同士の相関は、超伝導のような巨視的な量子秩序状態にも大きな影響を及ぼします。スピンの揃った2次元的な超伝導状態を実現することで、量子計算に利用できるという提案があり、世界中で研究が進んでいます。スピンの関わる新しい物性現象の解明には、電子のもつスピンを観測する必要があります。しかしながら、電子の電荷に比べて検出効率が格段に低く、スピンを観測できるARPES装置は世界にもほとんどありません。当研究室は、独自にスピン検出器の開発を進めて、スピン分解ARPESの分解能を従来のものから2桁以上向上させることに成功しました。そのノウハウをさらに発展させて、現在はイメージングスピン検出器という装置を開発しています。これにより、デバイス機能に直結するような微細なスピン分裂や、超伝導相のスピン状態なども視野に入れた研究を進めています。

ナノスケールの世界を見る
   ARPESは電子の運動状態(エネルギーや運動量ベクトル)やスピン状態を測定する上で強力なツールですが、空間分解能の低さという弱点を長年指摘されてきました。電子状態を知りたいと思う、実際の物質は全体的に均一なものが少数派ですし、デバイスなどはそもそも空間的な構造が機能にとって重要となります。これらは大抵、様々なスケール(数十μmから数nm)の構造を中にもちます。それは単純に多結晶やドメインという形態もあれば、強磁性体の磁区構造など様々です。デバイスであれば、ショックレー準位などの接合界面や、微細化による量子サイズ効果などが興味の対象となります。精力的な研究が進む、捻れグラフェンなどの原子層デバイスも数μmの微小なサイズで製作されます。トポロジカル絶縁体においても、2次元磁性薄膜のエッジに現れる状態が散乱や欠陥に本質的に頑強となりますが、これも太さが数nmの細線のような1次元電子状態です。このような微小領域の電子バンド構造の測定は、より先進的な材料やデバイスを開発していく上でますます重要となります。そのために、現在私たちは次世代放射光施設ナノテラスのBL06Uビームラインにおいて、ナノスピンARPES装置という新型の装置を建設しています。まだ誰も見たことのない、ミクロの世界やサブミクロンの世界には、上記の他にも思いもよらない電子構造が隠れていて、多くの研究者が驚くような現象が見つかると強く期待しています。

図10 現在開発中のナノスピンARPES装置の概念図(左)と写真(右)

CRESTプロジェクトCREST project

研究領域「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」 研究総括:上田正仁 (東京大学教授)
研究課題「ナノスピンARPESによるハイブリッドトポロジカル材料創製」 研究代表者:佐藤宇史
研究期間 (2018.10-2025.3)
研究成果の概要
   新しいハイブリッドトポロジカル材料の開拓とトポロジカルデバイス動作時のその場評価のために、トポロジカル材料の電子状態を高空間分解能でハイスループット計測する「マイクロARPES装置」と、電子の持つ基本的な物理量「エネルギー」「運動量」「スピン」を同時にナノ計測できる「ナノスピンARPES装置」を開発しました。マイクロARPES装置においては、200×300 μm2であった光スポットを10×12 μm2 まで集光することに成功し、ナノスピンARPES装置においても現時点で 1 μm以下の高空間分解能を達成しました。これらの装置の開発によって、従来は困難だった多くの新しいターゲット(不均一試料、多結晶、難劈開材料、粉末、エッジ状態、磁気ドメインなど)におけるバンド計測に成功し、ARPES測定におけるブレイクスルーをもたらしました。

図11 JST-CRESTの研究課題で得られた研究成果のまとめ

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